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◆昭和51年
松江市東津田町に相撲茶屋博多1号店を開業する。(約10坪)
山陰ではじめて松葉かにダシを使ったちゃんこ鍋を提供し、話題となる。 |
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◆昭和52年
笠浦港(松江市街より北へ約10km離れた日本海に面した漁港)で自ら定置網漁を体験し、「この活きのいい魚を活きたまま店に出したい」と強い想いを抱いた。 |
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◆昭和56年
松江市天神町に店舗を移転(3階建て約60坪、120名収容)
かつて松江屈指の商店街だった通りは夜になると客足が無くなり、さびしいシャッター通りとなっていたが、博多は毎日行列ができるほど繁盛し夜の天神町通りが華やいだ。
名物松葉かにちゃんこ鍋は松江の人々に受け入れられ、老若男女を問わず連日大勢のお客様が新しいダシ味を食べに来られました。
活魚料理をお客様に提供するため、念願であったいけすを店内につくり、本格的にいけす活魚料理を提供する。
自社開発:博多特製「かにみそ」、「かにみそ醤油」、「かにみそダシ」を開発し発売する。 |
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◆昭和57年
活魚を提供したい気持ちはさらに高まり、活魚の中で無理といわれた活イカに挑戦した。日本全国誰もできなかった「活イカのお造りをお客様に召し上がっていただきたい」想いが高まりイカの捕獲方法、運搬技術、いけすづくり、濾過方法等に独自の工夫を重ね活イカいけす料理を提供して話題となる。
この技術を聞きつけて日本全国から水槽技術者等が駆けつけて技術を提供する。また全国版のテレビをはじめとしたマスコミの取材を受ける。
自社開発:「日本海活魚全国配送」 |
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◆昭和63年
米子店開店(約60坪、80名収容)
約5mの木造の舟をいけすをとして店内に設置するため、造船工場の職人と一緒につくる。
米子の町にはじめて松葉かにダシのちゃんこ鍋と活魚料理を提供する。飲食店の味・価格とハイレベルな競争下の米子に受け入れられ繁盛する。 |
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◆平成3年
松江東本町店開店(約60坪、80名収容)
店舗の1階と地下に大型水槽(約40t)をつくり、活魚料理と活魚問屋をおこなう。
当時高価であった養殖真鯛を四国から陸送する独自の運搬や高度な水槽技術によって、大型水槽で生かし松江市や周辺のスーパーをはじめ活魚を卸す。このため活魚市場価格は下がり魚好きな市民の方々に喜ばれた。
松江周辺地域では活魚ブームが一層高まってきました。 |
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◆平成7年
松江市御手船場町(JR松江駅前)に松江最大級の4階建て海鮮問屋博多を開店する。(約300坪、収容約300名)
1階には幅12m、深さ約3m程もあるいけすを設け、2〜4階を個室や宴会場を備えた海鮮問屋博多は松江市民だけではなく周辺の方々の話題となった。
自社開発:御中食まま(かに・鯛・うに)を発売 |
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◆平成17年
松江市伊勢宮町に移転(約40坪、収容約80名)
現在に至る |
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